ここでは、調査員である私、亀井秀一の生い立ちや、今に至るまでの出来事を簡単に書きます。
私を知っていただくことで、どんな人間がこの雨漏りドットコムをやっているのか?といったお客様の不安が少しでも解消されれば幸いです。

 

宮城県の漁村に産まれました

私の父は宮城県桃生郡の雄勝町という小さな漁村出身で、習字の硯(すずり)などにも使われる天然スレートと呼ばれる石を露天掘りして屋根材をつくっておりました。 その後、父は東京に出て屋根工事業始めまして、私が子供の頃は仲のよい職人さんに付いて屋根工事現場に遊びに行っておりました。当時の工事現場は遊びの宝庫だったような気がします。

大学生になってからは、クラブ活動は美術部に所属しておりましたが、土日や授業の無い日は工事現場で家業の屋根屋のアルバイト。正直、屋根屋をしているのか学校に通っているのかどっちが本業かわからなくなった事もあります。

 

多すぎる仕事を断るのが仕事?

卒業してからは、床材のメーカーに勤めました。屋根と床、180度の違いに違和感もありましたが、建設工事物を扱う仕事がとても勉強になりました。そこでは営業職をする機会にも恵まれました。 そんなある日、父が病に倒れてしまい、家業を継ぐことにしました。 当時は、バブル経済で、建設業界も例外なく高度成長の波に乗っていました。

屋根防水の仕事も多くあり、多過ぎる位でした。多すぎる仕事を断るのが大変な『仕事』でした。
一つの仕事を仕上げる為に一生懸命になっていると、 「人を増やして、早く完成させなさい。」 と大手企業の工事現場の監督が判で押した様に言ったものです。 私が、「多く人を入れて人数を増やしても、職人ではない付け焼刃のアルバイトでは良い仕事はできません」と言うと、 監督は「兎に角、検査に通れば良いのだから人数増やして早く終わらせなさい」とこちらも判で押したように言っておりました。

私としては、変だな、納得行かないなと思っておりました。
そんな『仕事に思い入れせず、早く完成すればそれで良し』、とするやり方に疑問を持ち、どの様にすれば納得できる仕事が出来るかを考えておりました。

 

培ってきたものを活かせる仕事とは

そして、私は『大手企業から貰う大きな仕事でなくても良い、どんな小さな仕事でも、私が培ってきた事を必要としている人の役にたとう』と決めたのです。

初めは、闇雲に建築に関係があるリフォーム、網戸の取替、塗装工事、もちろん屋根工事・防水工事も、住宅を持っているオーナーさんに提供をしていました。

そのうちに、他の人の役に立てる能力は何かを考えてみました。 それは、私が、子供の頃から工事現場に行ったり、学生の頃から家の仕事を手伝い、屋根の補修を行い、工事現場で種々の工事を数多く見てきたこと。 そんな経験が生かせて、困っている方々の役に立てるものは何か? そう考えた時、建物の雨漏りを止める、という仕事に行き着いたのです。

私は屋根屋でしたので、屋根の雨漏りは当然ある事がわかる、どの様な所が雨が漏り易いかいもわかる、屋根の寿命もわかる。小さな時からの工事現場での経験や、闇雲にやっていたと思っていたリフォーム、塗装工事などの仕事も、多くの観点から建物を、そして雨漏りを見るために決して無駄ではありませんでした。

時はまさにインターネットの時代になっております。 個人的に好きなインターネットにホームページを持って、私の経験と技術が、雨漏りに困っている方の役に立つことは、私にとっての無上の喜びとなっております。
「困った」という言葉が「良かった」となる回数を、たくさん増やして行こうと、意欲満々で張り切っております。


東京都町田市で雨漏り調査があった時の写真です。
毎度ながら床下や屋根裏の狭さには苦戦させられます。
"海ほたる"を通る機会がありましたので撮影しました。
すごい風で吹き飛ばされそうでした。
愛知県のお客様より調査のご依頼がありまして、平成17年4月、愛地球博(愛知万博)で賑わう、愛知県長久手に行ってきました。
残念ながら愛地球博には寄れませんでしたが、【長久手の戦古戦場跡】の桜がとても綺麗でしたので、撮影しました。

 

 

>>雨漏りドットコムの特徴へ戻る

>>トップページに戻る